2004年12月16日

わたしのおじさん


わたしのおじさん

わたしのおじさん

  • 作者: 湯本 香樹実
  • 出版社/メーカー: 偕成社
  • 発売日: 2004/10
  • メディア: 単行本


植田真さんの繊細で詩情あふれる挿絵に彩られた、静かで心の痛いところに踏み込んでくるような小さな物語。 そっけないほどシンプルな装幀が、とてもふさわしいと思う。
ああそういうことだったのか、ということは読み取るうちおいおいわかってくるのだが、そうであるならば、いつか先に逝った人とも会えるのならば。
また一緒に話したり、ご飯を食べたりできるのならば。
そんなに悲しまなくてもいいのかなと思えた。
どこがどうって、わからないんだけど。琴線に触れた。ぐうっとつかまれて、どきどきした。
私にとっては、そんな感じ。
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2003年03月13日

春のオルガン


春のオルガン (Books For Children)

春のオルガン (Books For Children)

  • 作者: 湯本 香樹実
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 1995/02
  • メディア: 単行本


小学校を卒業した春休み、トモミはもやもやした思いをを抱えていた。おじいちゃんは無駄な納戸の片付けばかりしているし、 お父さんはあまり家に帰ってこないうえ、隣の家との争いで家にいたくないのだ。
弟のテツと歩きまわったガラクタ置き場で、のら猫にえさをやる不思議なおばさんと出会い、トモミとテツはもう家に帰らないで、捨てられた古いバスの中で暮らすことに決めた。

居心地の悪い家、もてあます自分の気持ち。12歳の少女には重たいもの。
だけど家を飛び出して、ひとりで生きていくことなんかできないのはよく分かっていて、家からいろいろな物を調達してこれるバスの中、 というのは少女たちにとって精一杯の逃げ場だったのでしょう。
そんな少女達を見守る、温かい目がある。一生懸命になるほど目の前のことに振り回されがちな親と違って、おじいちゃんという存在は、もっと大きな目で見守ってくれる感じ。
トモミの年頃は、今まで何とも感じなかった自分や周りのことが、いろいろ見えてくるもの。
不安だったり、自己嫌悪に陥ったり。けれど、役に立たないと軽んじていたおじいちゃんが、いざという時には落ち着き払っていたり、トモミのもやもやを分かってくれたりする。 これは大きな救い。
おじいちゃん、おばあちゃんというクッションのおかげで、親も子も追い詰められないで済むことってあるんだろうなぁと思う。

大人になる準備期の、不安定なもやもや。大人になって思い出せば恥ずかしいくらいの一生懸命さで、悩む時期。悩め、悩め。そうやって自分を見つけるんだよ。 そう言ってあげたくなる。
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2002年09月16日

西日の町


西日の町

西日の町

  • 作者: 湯本 香樹実
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2002/09
  • メディア: 単行本


大学に勤務するようになった和志の、追憶による母と「てこじい」の物語。
西日の照りつける安アパートで、かないそうもない夢を語り合いながら細々と暮らしてきた和志と母のもとに、母の父親であるてこじいが転がり込んできた。
子供の頃から、ふらりと家族のもとに立ち寄ってはまた出て行ってしまうてこじいに複雑な思いを抱いている母は、横になって眠ることのないてこじいにわざと意地悪をしたり、夜てこじいの目の前で怖い顔をして爪を切ったりする。 過去のいろいろを素直に流せない母、それでもてこじいは母の老いた父親であり、不器用に親子として心を通わせ始める。
 
子供だった和志の目を通して語られる、気の強い母と変わり者の祖父てこじい、母には頭が上がらない優しいのんちゃん叔父さん。 親子だからこその期待と、それを裏切られてきた過去への憤り、
自分が親となっても簡単には水に流せないいろいろがあって、それでも憎むことはできず、老いた親を見れば哀れとも思い、体調を気遣ってしまう。
一見ぐちゃぐちゃな母の気持ちや行動は、よくわかる。
親が老いたと感じる時、それは寂しくショックなものだ。 さんざん周りに迷惑をかけながら、勝手気ままに生きてきたんだ、看取ってなどやるものかと思いながら、放ってはおけない。
てこじいが現れる前から、時折言葉の端はしにその名がのぼっていたというのは、母は本当はずっと心の中でてこじいを慕い、追いかけていたのだろう。
上役の男との関係で傷ついた母へ渡されたバケツいっぱいのアカガイは、不器用なてこじいらしい精一杯のいたわり方だった。
黙々とアカガイを食べつくしていく3人の情景は、お腹の底からじわっと温かくなるような、幸せに満ちている。  本当に相手のことを思い、そしてその思いをちゃんと受け止める時、言葉なんて要らないものなんだなぁと思える。

やがて入院し、意識もないまま娘の髪をなでるてこじい。 しんと心にしみて、何も言えなくなる。
後からじんわりと、親子の暖かさやせつなさが染み入ってくるようなお話だった。
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