2010年06月11日
王国 その4 アナザー・ワールド
前作、「その3」から空くこと4年半。
すでに記憶も定かではない前作とは別物?という印象だったが、前作に登場した、視力の弱い占い師の娘・ノニの物語だった。
かの占い師はすでに亡く、薬草茶を作るママや、経済的に社会と繋げてくれるパパ2たちと、程よい距離で暮すノニ。
本当に人が人として、生き物として正しくいられるような島で、運命的な出会いをしたノニが、自分の進む道を決めていく。
パパ2とノニが露天風呂でいろいろ話してる場面が良かった。
毒舌吐いて入り口を狭めながらも、その内は広く温かな片岡さん、いいなぁ
いろんな価値観の人がいるのだから、何を良しとするかは自分で決めればいいということ。
あたりまえのようで、これを突き詰めるのは難しい。
ほどほどに誰かや何かと合わせたり、それで悩んだりするのもまた良しか。
2008年05月23日
サウスポイント
![サウスポイント [単行本] / よしもと ばなな (著); 中央公論新社 (刊) サウスポイント [単行本] / よしもと ばなな (著); 中央公論新社 (刊)](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/419TcOOJK%2BL._SL160_.jpg)
『ハチ公の最後の恋人』の続編、ということだったが、さてそれを読んだのは何年前?
別れたくないのに別れなきゃならなくて、ぐだぐだしてたラストしか覚えてないや・・・ということで『ハチ公の最後の恋人』もざっと再読してみた。
ハチ公の最後の恋人だったマオちゃんがその後どうなったか?というと、ハワイで2度もハチと運命的な出会いをし、ある時期は一緒にも暮らし、ふたりの息子に恵まれていたのだ。
これはその息子と、これまた運命的な恋をしているテトラちゃんの物語。
『まぼろしハワイ』に続き舞台はハワイ。
久しぶりに『ハチ公の〜』を再読してみて、そういえばこの頃のばななさんって、ちょっとしんどかったなーというのを思い出した。
続編とはいえ本作はかなり雰囲気が違う。
バランスが良くなって、ゆったり読める感じがする。
やりたいことをやって思うままに生きる。
奇跡もまた自分で呼び寄せるものなのかも。
2007年11月25日
まぼろしハワイ
![まぼろしハワイ [単行本] / よしもと ばなな (著); 幻冬舎 (刊) まぼろしハワイ [単行本] / よしもと ばなな (著); 幻冬舎 (刊)](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/51HYErGt08L._SL160_.jpg)
オハナと義理の母であるフラダンサーのあざみさんが、亡き父を思い、ハワイで過した日々の『まぼろしハワイ』
両親の死後、親となって育ててくれた姉と年の離れた弟の『姉さんと僕』
両親の離婚後、二人暮しだった父にガールフレンドができ、小さい子連れの4人で出かけたハワイ旅行でのできごと『銀の月の下で』
三つの物語を貫くのは「ハワイ」
私はハワイに行ったことがないからわからないけれど、とても生々しく力にあふれた何かを感じられる場所みたいだ。
ばななさんの物語は、生きることと死がとても近い。
後ろ向きの気持ちなんかじゃなくて。
避けられないのに、あたりまえすぎて考えないようにしていることを、改めて目の前に突きつけられた気がして、激しく心を揺さぶられる。
飾らない言葉。誰かが好きだというなら、本当に好きなんだなぁと思えるような。
身構えずに読んでいたら、心せず立ち入らせないよう、覗き込まれないようにシャットアウトしているところへいつのまにか入り込んでしまっていて、あれっ?と気づけば涙がつるつるこぼれていて、思わずうろたえてしまう。
ああ私はこんな思いを持っていたんだな、でも誰にも言えなくて辛かったんだな、そんなふうに。
そして、取り返しのつかないことや、どうしようもないことを、きちんと自分のものとして受け入れられるような気持ちになる。
悲しかったことや辛かったことは、ちゃんと理由付けしたり、その時と違ったほうから見たりすることで、昇華できるものなのかもしれない。
こういうのを癒し、とも言うのかな。
2007年04月01日
チエちゃんと私
![チエちゃんと私 [単行本] / よしもと ばなな (著); 原 マスミ (イラスト); ロッキング・オン (刊) チエちゃんと私 [単行本] / よしもと ばなな (著); 原 マスミ (イラスト); ロッキング・オン (刊)](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/51iEjz15oXL._SL160_.jpg)
おばさんのイタリア雑貨の店で働きながら、ひとりでのほほんと暮らしていた私に、ある時ふってわいた従姉妹のチエちゃんとの同居生活。
無口で風変わりなチエちゃんは30代、私は40台。30台を中年と呼ぶのはちょっとためらいがあるのだけど、きっとおばさんには見えない人なんだろうと想像する。
嫌なことや、感覚的に理解できないことがあっても、それをストレスとしてではなく、そういうこともあるのかぁと新鮮な気持ちで受け止められるようになるなら、年を重ねるのも悪くないなと思う。
価値観を固めてしまわず、違うことが即嫌だと思い込まない。
すぐ結果を出そうとしない。
折り返し地点を意識するようになると、見え方もいろいろ変わってくるのだ。
あちこちで、感覚的に近しいものを感じる。
病を機に人生を楽しむことにした両親のことも、何とかなるさぁと大雑把に構えているくせに、しばしば頭をもたげる「いつ何があるかわからない」という不安も。
子どもや家族、仕事、恋愛・・・そのどれにも区分されない自分自身の物語だから、じんわりと沁みたのかもしれない。
ここにあるのは、人をいつくしむ気持ちの、せつないまでの暖かさ。
自分のことって、相手を通して気づくことが多い気がする。
2005年12月17日
王国その3 秘密の花園
その1・2を読んでから1年以上経つので、どんな話だったっけ?と思いながら読み始め、そうそう、確か山奥でおばあちゃんと薬草とかお茶を作って、悩める人の相談みたいなことをしていた娘さんが、都会に出てきて目の不自由な占い師のところで仕事するようになった…んだったよなーという大筋はすぐに思い出せた。
その娘さん、雫石が植物園でサボテンの世話をしていた真一郎君と出会い、この人ならと一緒に住む話になったのだけど、結局うまくいかなくて別れてしまうというのが今回。
前回は好印象だった真一郎君、実はただ優しいだけの人だった。こういう人はたちが悪い。
でもその優しさがその時の自分には必要だったんだと、そう考えられるのがすごいなと思う。
その失恋で、実はとっても弱ってしまった雫石を気づかって、楓がぽろぽろ弱音を見せるところが良かった。人に見えないものが見えるというのはすごいことのように思えるけど、それは見たくないものまで否応無く見えてしまうということ。楓の傷つくことを恐れる気持ちは、普通の人の比ではないんだろう。そんな彼のパートナーである片岡さんは、きっといい人なんだ。
見守るっていうのは難しい。先が見えているならよけいに。でも楓たちは、雫石と真一郎君の仲が終わるのを最後まで口を出さずに見守り続けた。これぞ愛だね、愛。
2005年02月17日
なんくるない
新聞の書評にも取り上げられていたので、期待した。それが悪かったのかもしれない。
沖縄を舞台とした、訪問者の物語4編。
いったん壊れまた築かれる家族の物語「ちんぬくじゅうしい」、これはまあしみじみとして良かった。
表題の「なんくるない」、これがどうもいけない。
離婚して沖縄に来た女性が、自分にぴったりの相手に出会う恋の物語なんだけど、どうしてもその人が好きになれない。
飾ることや偽ることのできないとても純粋な人で、だから価値観の違う夫とうまくいかなかった、それはふたりが合わなかったというだけで決して夫が悪いというわけではないのだ、と。そんなふうに、私は変われないんだからとぶつかりもせず、達観したような目で自分達を見ている夫婦が、うまくいくわけないじゃないか。自分なりに夫を愛していたというけれどそれは、夫は悪くないと言いながら、夫はわかってくれなかったと言っているのと同じ。
どうもね。不快なのよ。沖縄の圧倒的な自然の力とか人の大きさとか、そういうのはわかるんだけど、だから街に住むのは無理しているというのもまた違う気がする。訪問者なのに、潔くない。
独りよがりに私はこれでいいと完結しているから、もう何も言うことはないという感じ。
なんなんだろうなぁ・・・これが単なるハズレであることを願うよ。
2004年07月28日
海のふた
最後に海からあがった人が、ふたを閉めずに帰っちゃったから、海のふたがあいたまま・・・
日ざしがちくちくしなくなったり、もくもくと勢いのある雲がやさしい表情になったり、あぁ夏も終わりなんだなと気付く時がある。
そういう時のなんとなくけだるいような、やるせないような気持ちが寄り添う印象的なフレーズだ。
さびれていく西伊豆のふるさとを何とかしたいという気持ちから、大好きなかき氷屋を始めた私・
まりちゃんのもとに、おばあさんを亡くして親戚のゴタゴタに巻き込まれている、母親の友人の娘・
はじめちゃんが、ひと夏身を寄せることになった。
無理せず、でも一生懸命生きていくと、自分がここにこうして生きていることを良しと言ってもらえるような、こんなすてきな出会いもある。
自分が思うように生きていければ、それだけでけっこう上等な人生だ。
けれど、もし誰かが共感してくれたり、お互いに影響を与え合うようなことがあれば、それはさらに豊かなものになる。
自然をねじふせようとせず、お金に執着しすぎず、人の悪口は言わず、感謝の気持ちを忘れない。
ひとつ間違えば、あまりに正しくて押し付けがましい印象を与えかねないことだけど、はじめちゃんとまりちゃんはごく自然にそういう生き方をしている。
本当は、もともとひとりが苦にならない人が四六時中誰か、しかも初対面の人と顔を付き合わせていたら、きついこともあっただろう。でも、楽しかったこと、良かったと思うことを数え上げていったら、
結局そんなことは気にならないほど、好きになっていたということなんだろうな。
良く生きるのに大切なことは、そうたくさんはないのだなと思う。
私の近くに海はないし、季節が変わっていく時の色も匂いも薄いけれど、どんなところでどう生きていても、いろいろなことを好きになって豊かに暮らすことはできるはず。
ばななさんの物語は、単純な私をとても素直にする。
2004年07月01日
王国 その1・その2
「その1アンドロメダハイツ」「その2痛み、失われたものの影、そして魔法」を続けて読んだ。
薬草茶を作るおばあちゃんの助手として山で生活していたが、開発の手が伸びてきたことから山を下り、おばあちゃんとも離れてひとりで暮らし始めた18歳の雫石。
やがて目の悪い占い師・楓と出会い、自分を理解してくれる彼のアシスタントしながら、都会の暮らしに少しずつ慣れようとする彼女は、自分のアパートを焼け出されたことで楓がフィレンツェに行っている間、その留守を預かることになる。
とまあ、お話の筋はそんなところなのだが、良くも悪くも街の暮らしにカルチャーショックを受けながら、そこで生きていこうとする雫石の芯の強さというか、しなやかなのにまっすぐで素直な感じが印象的。彼女のおばあさんは、彼女を一人の人間として尊重しながら育てたのだろうな。
そういう厳しい愛情って、難しい。自分が持っているだけのものしか、伝えられないから。
言葉にすると堅苦しくて理想主義みたいだけど、謙虚であれという言葉は身にしみた。
楓の、男前の占い師なのにけっこう口の悪いところが、好き。
2004年06月10日
体は全部知っている
短編集。どこがどうとはうまく言えないんだけど、やっぱりこの人の書くお話は好きだなぁと思う。
何だろう、大人なんだな、きっと。素直だし。
回り道をしたり、間違った方向だとわかっていながら流されたりしても、あっそうかと気付いた時に方向修整すればいいんだということに気付かされる感じ。
前向きっていう言葉は変にうそくさくて好きじゃないんだけど、これがそういうことなのかなと思う。
あぁだから、体は全部知っている、なのか。体というのは、言葉を変えると神様みたいなものかも。
一番好きなのは、最終話の「いいかげん」。
ちょっと変わってるかもしれないけど、こういう人って好き。









