![青い鳥 [単行本] / 重松 清 (著); 新潮社 (刊) 青い鳥 [単行本] / 重松 清 (著); 新潮社 (刊)](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/41waY-Q%2BMUL._SL160_.jpg)
いろいろな事情や思いで、学校での日々がつらいものとなっている少年少女たちが、臨時講師の村内先生と出会う連作短編。
村内先生は、国語の教師だけれど、吃音がある。特に「カ」行と「タ」行がひどい。
誰に何を言われてもふんわりと静に微笑んで、大切なことしかしゃべらないからと、一生懸命話す。
村内先生は、「問題あり」とされた子やクラスのために、乞われて学校を回る、特別な先生なのだ。
けれど村内先生に何らかの影響を受けるのは、生徒ばかりではない。
自分達ではどうしようもない現状を、救世主よろしく現れて、何ができるものかと構えて迎える教師もいたことだろう。
生徒たちの上に立ち、自分の思い通りに動かすことで、何年も何事もなく送り出してきた教師もいたのだろう。
それぞれに正しいと思うやり方があるのは、先生もひとりの人間としていろいろなんだから仕方ない。
村内先生は、怒らない。
上から物を言うでもなく、べたべたと肩を抱くでもない。
ただひとり、何も言わずにじっと苦しんでいる子のそばにいる。
血を流しながら何でもないふりを続ける子の、声なき声を聴き取るためだけに、やってくる。
時には、忘れてはいけない大切なことを目の前に突きつけ、膿みをださせることもある。
「正しい」言葉に裏に嘘の匂いをかぎつければ、はっきりそれは嘘だと言う。
先生のくせにと言われても、わからないことはわからないと言う。
誤解されることを恐れず、自分の素直な気持ちや考えを伝えようとする。
誰も決してひとりではないんだよ。
そう気づいてもらうために、今は自分がそばにいるんだと。
家でも塾でも普通の話せるのに、学校では自分に籠ってしまう子。
先生を刺してしまい、鑑別所から元の学校に戻った子。
級友を自殺未遂に追い込んでしまったクラスの子。
人を見下し自分の思い通りに動かすことで、自分を保っている子。
人と同じようにできないことで、自分の存在は迷惑なんだと自己卑下し続けてきた子。
バカにしている級友たちとの関わりをわずらわしく思う子。
小学校からの一貫校にうんざりし、ひとりだけ高校受験を決めた子。
けれどひとりひとりは、そんな一言で片づけられないほど、いろいろなことを考え、迷い、自分を責めたりしている。
読むほどに、胸がどきどきするほど痛々しくてたまらない。
学校は集団生活だ。そして集団の力にはすばらしい面もたくさんある。
けれど、周りの「みんな」が難なく超えられるハードルの前で立ち止まってしまい、「みんな」からはみだし傷ついている子の何と多いことか。
「みんな」を作りあげるには、最大公約数と、無意味でうさんくさいほどの「正しいこと」が必要だから。
「みんな」という形のないはずのものが個人に向かうとき、それは良くも悪くも大きな力を持つ。
がんばれとか素直になれという言葉が、いかにそういう子たちを追い込み、萎縮させていることか。
想像力が足りない。大人も子どもも。
その隙間に落ちた子たちをすくい上げ、倒れかけた子に手を沿えるような村内先生。
かなりの吃音を持ちながら、「間に合って良かった」という村内先生には、どれほどの思いがあるんだろう。
どれも胸に痛く、憤ったり打ちのめされたりした末、「間に合った」生徒たちのこれからに希望が持てたけれど、 最終話、かつての教え子が村内先生に再会する「カッコウの卵」はもう、滂沱の涙。
未来を築けた元生徒にばんざい。
ひとりの生徒を育てた村内先生にばんざい。
ああしかし、村内先生はもう、寂しくはないのだろうか。
彼はまだ、自分の内に誰も立ち入らせていないような気がする。