2017年09月08日

 箸もてば

箸もてば -
箸もてば -

毎日食べるふだんのご飯、季節が来ると待ちかねたように食べるあれこれ。
自分と同じ楽しみ方をしていたらそうそうと膝を打ち、知らない食べ方はすぐ試してみたくなる。
何という事のない話なのに、心地よく引き込まれる。

今回とても惹かれたのは、すっぱい話。
つんと来る酸味があまり好きじゃなくて、三杯酢もだしで割って使ったりしていた。
ところが、そそのかされて使ってみた黒酢のなんてまろやかなこと。
作者のような身の丈に合った無駄のない食生活からはほど遠いけれど、自分の味に飽きた時に、いい刺激になるなぁと思う。

食べたいものを、自分で作って食べる。
食べさせたい誰かのことを思って、何を作ろうかと考える。
外で食べたおいしいものを、あれこれ思い出しながら試してみる。
あそこで食べたあれはおいしかったな、あの人の作るあれが好きだった。

本の中身とは関係のない思い出もつるつると湧いてくる。
元気なうちに教わっておきなさいよと言われていた、義母が得意の正月のぼうだら煮。
これは作ってもらうがいいやと思っているうちに、教わる機会を失くしてしまった。
口で憶えた親の味も、たぶん少し変わってうちの味になっていることと思う。

ごはんは毎日のことだからそんなにがんばれない。
それでも、うちのごはんはおいしいと思ってもらいたい。
にんにくたっぷりの白菜鍋、寒い季節にぜひ真似させていただきます。
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2013年07月29日

バスを待って

バスを待って [単行本] / 石田 千 (著); 小学館 (刊)

連れ合いを亡くしたおばあさん、母と娘とその娘、三十路の女性、寄せ好きのおじいさん、年末のカップル、春を待つ浪人生、みどりちゃんちの居候、ときどきはっきりしなくなる祖母と大学生の孫、妹の帯祝を買う姉、寿司職人の叛乱。

子どもからお年寄りまで、様々な年代の人たちがそれぞれ主人公となる、短編集。
誰かを大事におもう気持ちとはねのける気持ち、優しさとつめたさ、愛おしさとわずらわしさ、強さともろさ・・・
ひとの気持ちは相反する間にあって、どちらも本当という気がする。
未婚のまま年を重ねた女性の話はどこか所在なさげで、凛とせざるを得ない緊張感が漂う。
こぼれだす気持ちの揺れがわかるからこそ、ちくちくと痛い。
細やかなのに時おりはっとするほど豪胆なところが、石田さんらしくて好きだ。

この小さなお話がもっとふくらむといいなと思ったのは、春を待つ浪人生の「ビルめぐり」と、ときどきはっきりしなくなる祖母と孫の「らっぱ飲み」
男の人が主人公の話のほうが、突き放した目線のようで新鮮だった。
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2013年04月14日

役たたず、

役たたず、 (光文社新書) [新書] / 石田 千 (著); 光文社 (刊)

出れば必ず目にとめる石田さんなのだが、このところ小説が多かった。
一冊にまとまったものとしては久しぶりの日常エッセイ。

「役たたず」のあとに読点がある。
役たたず、だけれども。という気持ち。
役に立つ、必要なことばかりだと、人も暮らしも痩せていく。無駄は多くていい。特に若いうちは。
そうか、そうだと思うのは、詰め込みすぎたひきだしに、いたく覚えがあるからだ。
物を減らしてすっきり、そんな暮らしに憧れながらも、好奇心と興味の果てのカオスをこよなく愛してもいる。
これはこれでいいのか、とちょっと気をよくした。

とらえようで、物事はいくらでも見え方が変わる。
いいときも良くないときも淡々と、自分を見つめる心もちに魅かれる。
ごぼ天そば・・・おいしそうだったな。
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2012年09月11日

きなりの雲

きなりの雲 [単行本] / 石田 千 (著); 講談社 (刊)
きなりの雲 [単行本]

石田 千 (著)

講談社 (刊)




編み物を仕事とするさみ子が、失恋が原因の引きこもり生活から、気持ちも新たに生き直していく物語。

古いアパートの隣人や、不義理をしても温かく迎えてくれる編み物教室のメンバー、そして面倒をみていた植物たち。
そうだそういえばと思い当たることがある。
植物の物言わぬ力強さには、自分のふがいなさに恥じ入るほど心打たれるときってあるなぁと。
心も体もやせ細って自分のことさえ見えなくなっていたときにも、余計なことを言わず手も出さず、見守ってくれる周囲の人たちが温かい。
さみ子さんは言いたいことの半分くらいしか口に出さず、何をしてもしなくても、これで良かったのかと立ちどまりながらでないと進めない、不器用な人に見える。
そのくせ時として、まわりが驚くほど思い切りのよさや図太さを見せる時もある。
そんなさみ子さんが、愛おしくてならない。

さみ子さんがのたうちまわった半年を知らず、まっすぐわがままな思いをぶつけてくるじろうくんは、ずるい。
相手に選ばせるのは、自分の気持ちはここまでと冷たい物言いな気がする。
でも、恋はしたほうが負け。恨みごとも迷いもきっと、好きな気持ちには勝てない。
「やってみてだめでいいじゃない。もう若くないんだから。」
そう言う玲子さんの言葉にはっとする。
若いうちは、失敗してもやり直せるし立ち直れると思う。
そうでなくなったら、自分や誰かを傷つけることになっても思うように生きなければ、もう後悔する時間も残っていないかもしれない。
そういうことなんだ。

そこここに、相手を想う気持ちがあふれている物語だった。
さみ子さんと同じくもう若くはない自分にとって、しみじみしたりずんと響いたりするところが多かった。
見えなくても温かい。一番長く続けられる関係は、そうしたものかもしれないね。
宿のおかみさんに母の顔を思い出すくだりには、胸がちくりとした。
今しかできないこと、しなくてはいけないことが、まだまだあるなぁ。
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2011年08月03日

みなも

みなも [単行本] / 石田 千 (著); 角川書店(角川グループパブリッシング) (刊)

自分のこころや体と向き合うエッセイ。

誰かを想っては思うに任せぬなりゆきに傷つき、やがて立ち直っていくこころ。
静かで古風な物言いとはうらはらに、激しい思いを抱いては、その矛先を自分自身に向けてしまう
、誠実で不器用な人が見えてくる。
傷つきやつれた体でよりそう祖母の晩年は、同じく自分にもふりつもる時間、老いを思う。
老いること=不幸、ではない。
そう思えるのは、より老いに近づいたから。
それでも不幸ではない老いや死に会えたからだろう。

どんなに悔いても幸せでもいま一瞬はどんどん過去になり、同じところにとどまることはできない。
そこにたどり着いたとき、『肩の荷が下りた』という気持ちに共感する。
彼女がそういう気持ちに至ったことにもほっとする。

この人の言葉はとても心を揺るがすんだ。
静かなのに、とても厳しい。
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2009年06月25日

きんぴらふねふね


きんぴらふねふね

きんぴらふねふね

  • 作者: 石田 千
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2009/05/26
  • メディア: 単行本


食べなれたもの、特別な思い出を連れてくるもの、変わってゆくものと変わらないもの・・・
毎日口にするものたちからすくいあげた、ささやかで印象的な物語。

親しくなりかけた人においしいねと言われて一気に気持ちが近づく。
食べなれた「うちの味」が離れて暮らすうち「自分の味」になっていく。
季節がくると待ちかねたように食べるものがある。

ああそれわかる!と手を打ちたくなったり、自分の記憶がするするとたぐり寄せられて懐かしかったり、しんみりと心に落ちたりと、気持ちを動かされることが多かった。
中でも気になったのは、「麩の卵おとし」と「おあげと茗荷のごはん」
ちょうど季節ものだし作ってみたい気はするけれど、自分も子供の頃は茗荷って好きじゃなかったしなと少し二の足を踏んでいる。
末期の水に、生きている自分を確かめるくだりが印象的。
口にするものが命をつないでいるのだ、と実感する。
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2009年01月05日

店じまい


店じまい

店じまい

  • 作者: 石田 千
  • 出版社/メーカー: 白水社
  • 発売日: 2008/09
  • メディア: 単行本



タイトルどおり、閉店した、もしくは閉店間際の店にまつわるできごとや思い出を綴った作品集。
いつも通る道すがら、シャッターが閉まったままの店先を見ると、それだけでさびしいもの。
何度も訪れ、お店の人と言葉を交わす間柄だったり、反対にいつかはと思いながら訪れることができなかったときはなおさらのこと。
子ども時代のことであれば、仕方のないことのひとつとして思い出に埋もれていく。
離れているあいだに育った町も変わり、時代とともに店のありようも変わり、そうして忘れてきたことをひとつひとつ、思い出させてくれるようなお話だ。

大きなスーパーが閉まるというのとはおもむきが違う。
小さな店は、そこをきりもりする人とセットで心に残る。
今なら、閉まった扉を見る寂しさ以上に、閉めなければならない苦しさを思う。
懐かしくてちょっと切なくなるような、そんな話が多かった。
石田さんの言葉は、あまりに無防備に心に飛び込んでくる。
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2008年04月23日

しろい虹


しろい虹

しろい虹

  • 作者: 石田 千
  • 出版社/メーカー: ベストセラーズ
  • 発売日: 2008/01/26
  • メディア: ハードカバー



カミ、ハナ、アメ、アワ・・・カタカナふた文字のタイトルを冠した19編のエッセイ。
彼女の描き出す日常はまるで詩のようで、説明し尽くされない隙間がある。
そのあわいを埋めるように、ずきりと言い当てる言葉が繋がっている。
「ちょっとのてまえで、なまけている」
なんとなくだらけていることを、そんなふうに言う。
無心に手仕事をしているときの顔を、自分ではない顔のように思う。
「出がけにお客がきて、つまさきが変わる」
いたわりの目を向けられるお客はどんな人だろうと思えば、青虫だった。
大きな何事もなく、食べて眠って働いて、そのあいだの細々したことで生きている。
それだけのことが、ずいぶん美しいことのように思えてくる。
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2007年09月25日

部屋にて

部屋にて [単行本] / 石田 千 (著); 角川書店 (刊)

黒猫、電球、蛇口・・・部屋にあるものにことよせる24の物語。

いつ誰がどこで、といった部分をすっとばし、するする繋がる思い出をたぐり寄せたり、誰かの言葉や自分の態度を悔やんだり。 思いだけがぽんと放り出される、不思議な感じ。
でもそれは、脈々と続く日々の暮らしの中にしっかりと根を張ったものに繋がっていて。

『守りたいものは盗まれぬものばかりで、不足もない。なんとぜいたくな、ここ。』
そんな暮らしに憧れる。
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2007年05月10日

屋上がえり

屋上がえり [単行本] / 石田 千 (著); 筑摩書房 (刊)

休みの日は何をしているのと聞かれ、屋上でビールを飲んでいますと答えた作者。
そういうとりとめのないエッセイ集。

屋上って不思議な場所だ。病院でもデパートでも学校でも、建物のなかみとは全然違う空間がある。
今みたいにあちこちに遊園地がなかった頃、デパートの屋上はどこも小さな遊園地があって、にぎわっていた。
思い出の中でその遊園地は、最上階のレストランと対になって、ひとつの幸せな時代をかたちづくっている。
遊園地がなくても、高いところは単純にのぼってみたくなる。
さまざまな理由で屋上に上がってきたひとたちも、風景のひとつ。
時には優しい気持ちで、時にはちょっといじわるな気持ちでながめる。

屋上から見えるものは、見る者の心をうつす。
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