久しぶりにすごいもん読んじゃったなぁと思った。
リリーさんとは同世代、親もまたしかり。そのせいか、全然違う環境で、違う時間が流れているにも関わらず、どこか懐かしい感じがした。 そして、口当たりのいい作り物のお話にはない、血肉を備えた人間の物語に、ぎりぎりと心丸ごと引き絞られた。
笑い転げるようなおかしみと、生きていくことへの真摯な思いの絡みが絶妙だ。
とにかくオカンがすごい。ひとり息子が一人前になるまで、文字通りそのためだけに心血を注ぎ、病を得てからは息子の世話になりながらも、 息子やその友人たちのためにご飯を作り続けた。
自分のために欲を張らず、人に迷惑をかけないよう生きていくことに心を砕く。
まさに偉大なる母である。
それでも、親子の関係はいつか逆転する。保護する者から保護される者へ。
ひそかに死の準備をしながら、息子の世話になっても決して甘えきらず、自分にできることを最後までやり続けたオカン。甘えず、卑屈にもならず、楽しみながら人生に立ち向かう姿に胸を打たれる。
オトンのことを思う。結婚生活に向いていない人だったのだろう。けれどこのふたりは形以上に夫婦だったのだ。夫婦という、 血縁でも必然でもないこの不確かな関係の、強い結びつきの妙を思う。
オカンの闘病以降はもう、こみ上げる思いに涙が止まらない。泣きはらしながらも、文字を追うことをやめられない。おそらく筆者も、 何度も何度もくり返し思い起こしては号泣し、大切な人を失ってしまう悲しみと悔しさと後悔に身をもみながら、書き綴ったに違いない。
大切な人の死に立ちあうと、思わずにはいられないことがある。幸せだったのかな、と。
そして答えのない問いに、それでも自分は自分の人生を生きていくしかないことを知る。
自分が今ここにいること、それは親、その人がいたからなんだと心に刻みながら。
そういう形で、命はつながってゆくんだなぁ。そんなことを思った。