2021年07月26日

 灰の劇場

灰の劇場 - 恩田陸
灰の劇場 - 恩田陸

恩田作品にしては、入り込むのに時間のかかった一冊だった。

女性2人が橋から飛び降りたという三面記事が気になった作家、その記事を基にして書かれた、そしてその小説が舞台化される話という3つのパートから成る物語。
概要しかわからない女性2人が、どう生きてなぜそういう結末を選んだのか。
想像を巡らせ変わりゆく日々を過ごす中で作家が思い至ったのは、生と死は隣り合ったり裏表でさえ無く、日常と地続きなんだということなのではないか。

その境目に至る物語はそれぞれで、こうして描かれる女性2人の姿も、あったかもしれない一つの形なんだと思う。
彼女たちがそっとしておいてほしかったのか、語られたかったのか。
本当のところはわからないけれど。

砂の降り積もる情景は、鎮魂にふさわしい気がした。
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2021年07月03日

 雷神

雷神 - 道尾秀介
雷神 - 道尾秀介

一本の脅迫電話によって、30年前に生まれ故郷の祭りで起きた事件の真相が暴かれ、やがて再び殺人事件が。

空が低く垂れ込める冬の日本海沿岸、そこへ響き渡る雷鳴という情景描写に引き込まれ、雷にまつわるあれこれは興味をそそられました。
そして誰が何を知っているのか、謎解きの展開には心地よく振り回されました。
脇役かと思っていたら探偵役だった彩根という人物、彼はちょっと唐突な印象でしたが。
他作品にも登場しているらしいので、要再読かもです。

すべてなぎ倒し無に帰してしまう、雷という大いなるもの。
その前では、耐えがたい記憶も人を縛る愛憎も、些細な営みでしかない。
だからこそヒトは畏れ敬い、このささやかな幸せだけは守りたいと願い祈るのでしょう。
タイトルに神を掲げたのは、そういうことに帰結するのかなと。

古い体制を引きずる寒村も、捨てたはずの人間関係からも、逃げ切れなかった悲劇。
30年前も15年前も、発端は無邪気な子供心、というのがやりきれない。
残酷だなぁと思うし引きずるけど、そこが道尾さんの味ではあるよね。
一気読みで堪能させてもらいました。
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2021年06月20日

 おらおらでひとりいぐも

おらおらでひとりいぐも (河出文庫) - 若竹千佐子
おらおらでひとりいぐも (河出文庫) - 若竹千佐子

年を取るのも悪くないと思える小説のことを、玄冬小説、というのだそうだ。
故郷を足蹴にして出てきた東京で夫となる人と出会い、結婚してふたりの子供にも恵まれ、やがて
成長した子供たちが独立してふたりきりに戻ったと思ったら夫に先立たれ。
人生の最終ステージに立った桃子さんの、自分自身との対話となる一人語り。

身に沁みついた故郷の言葉でなければ言い表せられない心持ち、というのがあるのだろう。
耳からでは聞き分けられないだろう東北弁も、文字ならば雰囲気はわかるし、読んでいるのに
そのリズミカルな調子に思わず聞き入ってしまった。

振り返れば喜びも悲しみも後悔も忘れ難くあるけれど、気が付けばひとり、体の衰えも感じている。
想像していた74歳とは違うけれど、
何をどう言い訳して悔いたとて、生きている間は生きていく。それでいい。
ひとりは必ずしも孤独ではないし、不幸でもない。なにより自由だ。
それが本音の時もあるし、強がりの時もある。というのは少しわかる気がする。
自分の老いは受け入れても、娘の背に感じてしまった老いには激しく動揺する桃子さんに、
母はいつまでも母なのだなぁと思う。

体の不調を感じる桃子さんのもとに、ふいに孫娘ちゃんがやってくる。
そして繋がっていく。ということなのかもね。
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2021年06月07日

 うつくしい日々

うつくしい日々 - 蜷川実花
うつくしい日々 - 蜷川実花

人は誰だっていなくなるんだ。
私もそう思った。
人は死ぬんだ。本当に死んじゃうんだって。
さっきまで生きていたのに、もう今はいない。
悔い無しとお互いにそう言い合っていても、喪失感はどうしようもなく少しの悔いを連れてくる。

でも、と思う。
死んでいく命と、生まれ出た命、それをつなぐ自分。
それぞれ違う人間だけれど、こういうことかと。
言葉が思いとなってすっと落ちてくる。

満開に咲き乱れる花、まぶしいほどの光に包まれて、祈り、かけら、刻む心臓の波形。
大切な人が死んでも、空は花は街並みは、こんなにもうつくしい。
万感の思い。胸に迫る写真集。

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2021年05月31日

 その扉をたたく音

その扉をたたく音 (集英社文芸単行本) - 瀬尾まいこ
その扉をたたく音 (集英社文芸単行本) - 瀬尾まいこ

かつての夢はミュージシャン、今や目的もあいまいで親の仕送りで暮らす29歳無職の宮路、
たまたま老人ホ‐ムで出会った、神がかったサックスの音。
その音に惹かれて老人ホームに通うようになった宮路は、渡部の関わり合いの中で変わっていく。

食うに困らないとここまで人間はぼんくらになるのか
自分は何者でもないことは棚に上げて、逃げるなとか本気を出せとか渡部に迫る宮路のだめっぷりに、読んでいるこちらが赤面したくなるほど。
でも渡部はそんな宮路に腹を立てるでもあきれるでもなく、友達になることを持ちかける。
ばかだなぁとは思うけどばかにはしてはいないよ。
口先だけの宮路に比べて、淡々としつつもこの懐の深さよ。
どんな青年なのかと思ったら、他作品にも登場しているらしい。
既読だけど覚えていないので、こりゃ再読の必要ありかと。

で、宮路はというと、音楽は何もしないことの言い訳のようなもので、このままじゃダメだなと
思ってはいるけど何をすれば良いのかわからないから何もしていない。
そんな三十路前とまともに付き合ってくれる友も無く、精神的引きこもり状態。
そしてある意味バカにしていた入居者にそれを見抜かれ、使い走りにされるが、たぶん
誰かの役に立つとか必要とされることで、自分にも価値があると思えるよいになっていったんじゃないかな。
甘ちゃんだけど根はまじめなんだよね。

助けたつもりで助けられたり、不勉強な思い込みで傷つけたり、ただ誰かのためにであっても結果は様々。
それでも、思いは人を変えることさえある。
そっと背中を押してくれる優しい手を感じます。
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